昨日からテレビでは、逃亡を続けていた殺人容疑者が捕まったニュースでもちきりである。
ネットでは、死刑にしたらいいだとかもっぱら、犯罪を犯した人間への制裁的なコメントが目立つ。のりピーの時もそうだった。
でも私の場合どうもそういう見方よりも、犯罪を犯した人間の運命というものを考えてしまう。
昔、京都の99%当てると言ってる四柱推命の占い師のところに行った時に聞いたことがある。
「生まれつき犯罪を犯してしまう命式というのはあるのですか?」
これに対する答えは、イエスだった。
四柱推命の命式では犯罪者になりやすい命式というものはあるらしい。私はもっとつっこんで運命は決まっているのかという質問をしたのだが、そのあたりについては、のらりくらりとかわされてしまった。結局は、自分の意志次第だというのである。
犯罪を犯したことがない普通の人間でも感情にまかせて理性ではやらないことをやったり言ってしまったりすることは多い。それはたいてい、自分の生まれつきの性格的特徴に絡んでいる。
だとすれば、犯罪者になった人間はその特徴が大きく出てしまっただけではないのだろうか。逆に言えば、普通だと思っている私達もいつでも犯罪者になる可能性を持って生きているのではないだろうか。そして犯罪者にならないのは犯罪者になる決定的な場面に遭遇しなかっただけなのでは。
どうもそんなことばっかり考えて、最近のニュースを見てしまう。
昔、デートでトムクルーズ主演の「マイノリティー・リポート」という映画を見に行ったことがあるがその時も運命について考えてしまった。
この映画自体は、犯罪を事前に能力者に予知させて犯罪が起きる寸前でその犯人(予知では)を捕まえてしまうという近未来を描いた作品だ。捕まえる側だったトムクルーズがある日自分が殺人を犯す情報を予知されてしまい逃げまくるという、サスペンスもアクションも混じった娯楽映画である。

↑
こんな映画
デートの相手は、四柱推命では日柱の天干も地支も相合している相手だったので、これも運命かなと思っていた。(市販の四柱推命の本では最高の相性ということになっているし、ジェム占いプラザの里宮さんにも、絶対この子にしなさいと絶賛されていた。)
映画が終わって2人になった時に「運命は決まっているのかな?」と彼女に言ったのを覚えている。
この出会いは運命だろうという意味を含んでいたのだが、実際の運命は別のシナリオを用意していたようで、彼女とはうまくいかず私は別の女性と結婚した。
話がずれてしまったが、つまりなんでも占い的な視点でみてしまうのである。